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はじめまして
こんにちは、はじめまして。
この平成の時代に、ファミコンを再度やりたい!という人のためのデータベースです。皆様もよろしければ、再度押入れの中から引っ張り出して、ファミコンに電源を入れてみませんか?

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1990年発売
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『源平討魔伝』を開発した源平プロの一員でもある中潟憲雄がディレクター兼サウンドコンポーザーとして開発に関わった。
邪悪な生命体の攻撃によって滅亡の危機に瀕したアメリカ合衆国を日本から飛来した天狗の面が救うという奇想天外な世界観を持つ。というコンセプトの元、アメリカの都市を破壊しまくったり、邪悪な生命体の手によって改造された自由の女神や、半裸のマッチョ老人等の何だかよくわからない者と戦ったりと、全くストーリーが掴めない破天荒なゲームである。また、アメリカに悪いと思ったのか、エンディングでは凄くアメリカを称えているような作りになっている。元々のストーリーは平将門の首塚から飛び出した落ち武者の生首が、アメリカに復讐するという設定であったが、当時の任天堂やNOAから許可が下りず、結局自機は天狗の面となった。その後アメリカ版発売の際には、自機が落武者の生首に戻った。しかし、自由の女神のグラフィックなどは変更されている。
落ち武者という共通点からストーリーも中潟のものだと思いがちであるが、ストーリーや企画はナムコ時代に『超絶倫人ベラボーマン』のベンジャミン大久保彦左衛門のモデルにもなった人物によるものである。
元々のクオリティは高く、シューティングゲームとしての質は悪くなかったものの、発売当初はあまり話題を集めず売上も数万本であった。しかし、ファミコン通信で「変なゲーム」として紹介されカルトな人気を集めた。また後年、書籍やウェブサイトなどでバカゲー・クソゲーとして紹介される事が多くなり、結果として知名度を飛躍させた。
1990年発売
画面奥からパネルがベルトコンベアーの上をこちらに向かって転がってくるので、これをパドルで受け止めて、画面下のフィールド(5×5)へ落として積み上げる。フィールド内で同じ色のパネルが縦・横・斜めのいずれかに3つ以上揃えうとパネルは消える。これを繰り返して、ステージごとに設定されたクリア条件(パネルを特定の回数消す、斜め消しを行う、など)を満たすと次のステージに進める。パネルをパドルで3回受け損ねるとゲームオーバーとなる。
パドルで受け止めたパネルはフィールドへ落とさずに、しばらくパドルに乗せたままにしておくことができる。ただし、パドルに5枚パネルが乗った状態では、それ以上パネルを受け止めることができない。
方向ボタンを上に押すと、パドルに乗っているパネルを上へ投げて、ベルトコンベアーの上に返すことができる。
方向ボタンを下に押すと、押している間、パネルの転がってくる速度が速くなる。
1990年発売
 
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